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2024年12月24日

クリスマスカードの謎

 

クリスマスは別枠なのかな?


2023年9月29日

ドイツと日本の文化の違い(謝罪編②)

【重要事項】(再掲)
*断定的な口調に関わらず、全て私の体験したこと、知見による憶測や推測です。
→私の説明に当てはまらない状況、人物は必ずいます。
*人権侵害や暴力を含む宗教行為などを除き、文化に優劣はないというのが私の持論です。あるのはその人にとってより合うか、合わないか、だけです。完璧な国や人は存在しません。
→私はドイツのローコンテクスト文化に非常に合わない個体です。遺伝子と環境によりそうなりました。合わないため、意識下で厳しく記載することがあります。
*私の経験上ですので、異論は存在します。
→つきましては、それらについて私に直接教えていただいても、反応するかどうかはわかりません。ご承知おきください。 

第2章 謝罪のとらえ方(第1章へ)

要約
個人主義の背景もあり、無意識に自分の謝罪にはとてつもない効力があると思っているドイツ出身者が多いです。こちらは人に謝れないタイプの日本出身者にも散見されます。

何が起きるか
1度でも謝れば自分のできることは全てやり終わったと思う人が出てきます。つまり、相手が許していない事態を想像/理解できないために、その後の態度に差が出ます。1度でも謝罪したのならば相手は許しているはずだという前提で話を進めようとします。

☆日本においても同じですが、謝罪を受けたとしても、許さなければならない決まりも規則も法律もありません。謝罪をされても怒ってていいですし許さなくていいですし、一生根に持ってもいいです。被害者なので。喧嘩両成敗や許してあげたら?みたいなことを他人に言われても無視してください。大切なのは、自分の中でそれ(事件)がどう消化されていくかです。それにかかかる時間や状況は千差万別なので、条件が違う他人には口出し無用です。

個人主義と謝罪
基本的にドイツは個人主義です。つまり自分が1番であり、自分の意見や感情が1番重要であり、その他は二の次という教育を受けて大きくなります。謝罪をする理由も「許されて自分が楽になりたいから」という自分本位なことがあります。こちらは日本でも割と起きます。

例≫
許さないと相手に言った事柄に関して、「なぜ再度謝罪をしないのか」と問うと「許してもらえないのに?」と言われ辟易したことがあります。自分のために謝罪をしている。言葉もありませんでした。許されない=報酬がないならば謝らない。どこまで自分1番なんでしょうか。人に謝るというのは悪いと思っていることを伝える機会”ではない”人もいるようです。

終わりに
人と人とのコミュニケーションの中で謝罪という行為は重要な役目を果たします。
その人物と将来関係性を維持しなければならない、もしくはしたいと思っているのならば、謝罪は許されるまでが一連の行動です。許されない・謝らないのであれば、それはその人物との関係を切ると判断したと相手側に理解されてもおかしくはありません。諦めたのであればその人ごと諦めたことと同意です。

ということをドイツ出身者のほとんどが認識していません。なぜなら「そこまで考えない」からです。すべて自分が優先順位のトップなので、他の事柄について、この行為がどんな意味になるのか、この言葉のチョイスは無意識化でこう思っていることを示す等、考える人は少数派です。というか考えているドイツの人にどの場面でも会ったことないので会いたいです。
話し合いをすると言い訳トップ2のどちらかをアルティマウェポンとして使ってきます。パートナー曰く幼稚園からそう(言い訳1か2を使用するよう)教育されるとのことです。そして言われたら必ず許さないといけなかったそうです。


ドイツと日本の文化の違い(謝罪編①)

お久しぶりです。やっと気温が落ち着いてきて、季節「死」から「夏」になってまいりました。(晩夏と言えなくもない)

本日はドイツと日本の謝罪の違いについて、現時点の私の考えを記そうと思います。
備忘録に近いです。→Auf Deutsch


【重要事項】
*断定的な口調に関わらず、全て私の体験したこと、知見による憶測や推測です。
→私の説明に当てはまらない状況、人物は必ずいます。
*人権侵害や暴力を含む宗教行為などを除き、文化に優劣はないというのが私の持論です。あるのはその人にとってより合うか、合わないか、だけです。完璧な国や人は存在しません。
→私はドイツのローコンテクスト文化に非常に合わない個体です。遺伝子と環境によりそうなりました。合わないため、厳しく記載することがあります。
*私の経験上ですので、異論は存在します。
→つきましては、それらについて私に直接教えていただいても、反応するかどうかはわかりません。ご承知おきください。

第1章 謝罪の意味(第2章へ)

要約
ドイツにおいて挨拶程度のすみません、以上の謝罪をするということは、100対0で自分が悪いことを認めることとほど同義です。

何が起きるか
まず基本のスタンスとして謝りません。謝ってしまうと100の責任を一身に負うこととなるからです。では何から始めるか。もちろん「言い訳」からのスタートです。

言い訳の種類
最もよく聞くドイツ出身者の言い訳は下記の2点です。
1. Ich wusste das nicht(私は知らなかった)
2. Ich meinte das nicht(そういう意味ではなかった)

例≫
君にとってそれが重要だって知らなかったんだ、そういう意味で言ったわけじゃないんだ、等状況に応じて範囲や対象が変わります。

言い訳への言及
1に対して「知らなかったら何をしてもいいのか?人を殺すことを悪いと知らなかった人間は裁かれないのか?何のために警察がいるのか?」などと質問すると、対面でなければ無視か、「そこまで考えなかった」という主旨の返答が来ます。
2に対して「ではどういう意味で言ったのか?」と質問すると、対面でなければ無視か、「そこまで考えなかった」という主旨の返答が来ます。

謝罪の対象
ドイツでは事が起こった場合一連の全ての出来事について、総合的に謝罪の有無を決めます。日本では、この点については謝る、という切り分けが可能ですが、ドイツではあり得ません。

例≫
まず喧嘩が起きて相手を不快にし、関係を悪くしてしまった、この状況にしたのは自分であるので、喧嘩内容に関わらずその事実に対して謝る。(日本側)

ドイツ側:相手は100自分が悪いと謝罪している。自分は1ミリも悪くない、と理解する。
日本側:本題に入る前に原因を作ってしまった状況に対して謝るが、内容は議論後吟味する予定なので何も始まっていない。礼儀として議論導入のクッションの役目も果たす。と考えている。

そこから次の段階でドイツ側を非難するようなことを日本側が言うと「さっき100自分が悪いって言ったのに?!は?!」と思われます。ここに決定的な文化の相違があります。


2023年6月21日

ローコンテクスト


説明している時点ではそれが詳しかろうと、親切だろうとなんだろうと「なぜこの人は私にこの内容を今しゃべるのかな」を考える文化がドイツにはありません。(個人差があります。)
つまり私がここまで言っても、許可を取らなければ使っていいかどうかがドイツ出身の人には基本的にわかりません。
文化が違いますので、この人物が私に言った内容についてどうしてそれを言ったのか、なぜその単語なのか、深層心理等々、考えません。言わなかったら考えてないことになる文化とはそう言うことです。言葉に何も加味しません。発言された言葉だけが意味を持ちます。ローコンテクストの言語はそういうものなのです。

状況・その他の情報・記憶・性格・時間・場所等はハイコンテクストである日本が考慮に入れている文化なだけです。詳しくはこちらの回もご覧ください→ローコンテクストとの付き合い


2023年1月16日

パートナーに着せるもの


これは田舎の昔の強い思想のひとつである、「夫に穴の開いた靴下履かせるなんて!妻が悪い!」みたいな考えがまだあるんです。私らの世代だと。それについて彼が言った言葉です。
下の世代の子たちどうでしょうか・・。妻が毛玉のセーター夫に着せてる恥ずかしい!って感じでしょうか。
ドイツだとお前は幼稚園児か?穴が開いているかどうかぐらいわかるし、何を着るか決めるだけの判断力が成人にはあるだろう。という感じでした。


2022年7月21日

コーンスープ

日本でスープセットだったり、コースのスープだったり、スープと言えば必ずと言っていいほどラインナップにあがるコーンスープですが、ドイツでは日本のような人気はないように思いました。スーパーなどで探してもあまりないからです。

そして彼の塩反応。とうもろこしの・・・スープだねえ・・(終)

とうもろこしのスープおいしくない!?

近年は持病の治療薬の副作用で体重が著しく増えてしまい、私は水分でかなり太るのでコーンスープなどを控えているのですが(1日の増量が激しすぎてストレス過多になるのを避けるため)、カボチャのスープとかも好きです。


2022年6月5日

ローコンテクストとの付き合い

こういうことは、描いてないだけでめちゃくちゃあります。なのでいつもは慣れてるというかそっか~と言って終わるんですが、この時体調が悪かったのと、似た状況がこの日の数日前にも起こっていたため、辛かったです。

アジア中心に展開されるハイコンテクスト(高文脈)では、言葉と他の情報を同時進行させます。「あ、この人は前に〇〇って言ってたからこれのことかな?」と思いながら聞くこと、あると思います。

これをドイツでは一切しません。それを文脈に頼らない言語、つまりローコンテクスト(低文脈)と言います。昔ツイッターでスイスで学習している方が「言われてないことを想像して決めつけることは失礼にあたる」みたいな教育があるというツイートを見たことがあり、つまりは真反対の文化です。

忖度してはいけないのです。言い換えれば言われたことがすべてであり、言われていないことは無であります。状況?昔言った言葉?この人の趣向?何を言いたいのか考える?どうして私にこれを言うのか? 考えません。
びっくりするぐらい考えません。同時進行で話を聞きません。そんな文化ありません。疲れるでしょう。言われるべきことは言われているはずなのだから、言われてないことは無なのだから、無について考えることはできません。そういうことです。

文化に優劣はなく、その人に合うか合わないかがすべてと言うのが持論なのですが、私は2歳ぐらいから大人の顔色ばかりうかがってきましたので、非常に明白なことを言語化することがしんどいことがあります。だってそれって言及せずとも当たり前にわかるでしょう。
彼らは見ないし考えないのでわからないんです。(個人差あります)

それで全部頑張って言語化していると、やれ「それくらいドイツの人にもわかる!」だの「直接〇〇って言われた・・・」だの言うんです。
いや、どのくらいわかるかこっちはわからないんですよ。私からしたら全部自明すぎるので。区別が全くつかないです。これはわかるんだ?と思ってもはっきりとした基準がありません。まず「これはわかるんだ」の件数が少なすぎてサンプルが足りません。結論に行くまでの考慮に入れません。

これどうだろう・・ドイツの女性とまた若干違いがありそうですが、この議案に関して私はこれからもすべてを言っていかなければならないことを、留意しなければなりません。
そして彼には「それくらいわかる」と言わないでもらう、これが私たちの折衷案であり妥協案です。


2021年8月25日

ドイツの家庭科

 

なんか前も、彼のリュックの肩にかかるところが破れたので縫ったところ、いたく感謝され「授業でやらなかった・・?」と聞いたら「やったと思うけど全く覚えてない」とのことで。。

ドイツの家庭科の授業、食育に関しても思うところがありとても気になる今日この頃です。


2021年8月1日

アポロ11号


調べて違ったら違ったよ、と言いた人なので歌詞でも調べてしまうという・・。


2021年6月23日

青いベンチ

 

彼「付き合ってたのに好きだったのに好きだと言えなかった?はあ?意味わからない・・・言えば?言えなかったから別れたんでしょ?なんで言えない?好きなんでしょ?」

私「・・・なんか恥ずかしかったんだと思うよ多分」

彼「二人だけなのに何が恥ずかしいの?なんで?恥ずかしがらなくていいでしょ?なんで好きと言えない?思ってたら言うでしょ」

私「言えなかったんだよ・・なんらかの理由で!」

彼「全然わからない・・」

”言わないと思ってないと思われる”ドイツ文化において、サスケさんの青いベンチは理解を得にくいという知見を得たのでした。


2020年8月25日

リサイクルへの想い


テンション爆上がりでした。
リサイクルに対する教育が芯まで徹底されているなと思いました。
蛇足ですが、この情報はいつか伊藤家の食卓で見たものだと記憶しております。


2019年5月31日

ニュース番組の人口密度


ドイツ行って帰ってきた時にふと点けていたチャンネルに人が多くてびっくりしました。
そしてほとんど役はなく静かに座って笑っている・・・

ドイツではニュースや朝の番組など基本1~2人が多いのではと思います。


2019年5月19日

ドイツのホッカイロ


念のため小さい張るホッカイロを結構日本から持っていったのですが、あまりの寒さに使いきってしまう勢いだったのです。探したところ薬局(ロスマンとかではなくドロゲリーです)で発見。
1枚400円て。私10枚で200円弱の張るホッカイロ持って行ったんですよ。確かに張る面積は大きいですが一枚400円て。心が痛むじゃない・・・

背に腹は代えられないのでとりあえず1箱(3枚入り)買いました。生理辛い時用みたいなやつで普通に暖かかったです。
ドイツ(寒い時期)に行かれる寒がりさんはホッカイロを日本から持っていくと良いですよ。


2019年5月12日

アンペルマン


お久しぶりです。
ちょっとの間ドイツに行っておりました。今回色んなところでアンペルマンを見たのですが、東ドイツの信号の記号として認識していたので西ドイツでも見れた嬉しさと東ドイツのものでは・・?みたいな気持ちとでそこはかとなく複雑でした。

渡独前にホルンバッハのCMの件があり、前回よりも外出中は警戒していたのですが滞在中ありがたいことに何もなかったです。よかった。。



2019年1月20日

探されるあの人


この時始めて各国でウォーリーの名前が違うことを知りました。
というかこの話のあと調べたらドイツではWo ist Walter?(ヴァルター)の名前で売られているようで、ヴァルドーではなかったです。(北米でWaldoと呼ばれるのをドイツ語読みで彼は覚えていたみたいです。)
色んな名前で探されているんですね~。



2017年7月9日

ごめんの意味


人や状況によりますが、ドイツでケンカや議論になり謝る場合、謝る人の完全敗北(私が全面的に間違っておりあなたが正しいです、申し訳ありません)的な意味合いになる傾向があります。

ですので彼もそうそう謝りません。100%悪いと思っていない場合はまず言い訳が入ります。私としては、このような状況を招く原因を作ったことを彼に最初に謝ってもらいたかったので当時むっとしました。ですが彼としては自分が100悪くなければ謝らないスタンスなので、怒らせたことやひどく気分を害する結果になってしまったことなど部分的に謝るなんて発想がないのですね。そういう文化ではないのです。

私の予想では、大昔ヨーロッパでは自分に非を認める=負けることであり、即領地が奪われたり、殺されてしまうため、謝罪より前に自らの潔白部分を主張し、少しでも立場や身分を守ることが根付いたのではないかと想像しております。他のヨーロッパの方がまず謝らないのもこういう大陸文化が背景にあるんじゃないかなと。
その点日本は稲作ですから、何十人と協力して生きていく村社会。和が大切とされ、多少自分の分が悪くなっても全体の雰囲気が優先されるため、相手の気持ちを害してしまったことなど内容を分けて謝罪することに抵抗がないのではないかと考えております。

ざっくり上記の説明をしたところ彼も納得し、私のごめんはドイツのごめんではないことも理解してもらえました。ただすぐには考え方を変更することはできない、とのことで、それは当たり前なので目下違いを承知してもらえたことが相互理解への一歩かと思います。



2017年6月27日

ジョーク


すごく文化の壁を感じた瞬間でした。
まずドイツ語のジョークの面白さを少しも理解できなかった点。(というか正しく理解できていたかすらあやしいです)
そして持ちネタならぬ持ちジョークが普通あるものとして聞かれた点。

まず「○○が××なのはなぜか?△△だからさ!」という型の小話、日本語由来のものを知りません。英語のジョークの翻訳でしか見たことない気がします・・・。




2017年6月17日

生地食について


私には体調不良になるリスクを負ってまで、焼く前の生地を食べることができないのでかなりびっくりしました。そこまでおいしいのでしょうか・・。
彼は「まあ日本の方が温度が高くて生地が傷みやすいから、食べない方がいいとされているのはわかる」みたいなこと言ってました。




2017年5月31日

ドイツからの認識


室内で犬を飼うことができないって一体・・・
本当に東アジア十把一絡げなのだろうな、と個人的には微妙な気持ちでした。ある程度しょうがないですけども。
基本日本と中国はアジアに興味のない大多数のドイツの人にとって同等&ごちゃまぜです。
いつか彼の家族には日本の基本情報等、パワーポイントなどを用いてプレゼンを行いたいと思ってます。



2017年5月1日

湿気への意識


ドイツだったらばーっと開けたまま放置して大丈夫かもしれないですが、日本でそれしたら絶対色々よくないよ・・?袋・パック閉じよう・・・?そして閉じ方もパックを折ってそこを下に向けておくだけとかだったりします。
ドイツは非常に乾燥していて気温も基本的に年中涼しい~寒いので食品の持ちが日本より良いのだと思います。